「…ゴメン……ほんとにゴメンな…。」
テレビでもよく見る
『手を出した子供に謝る母親』ってな感じで
俺はを抱きしめた。
でいう、『あの人』からの突然の電話
俺の予想外の発言といった、混乱を招かざるを得ない事態が次々と発生し
の涙は哀しくも溢れ続けて
俺は本当に申し訳なくなって来た。
しかし…そう思う反面
俺の中ではアイツが疼く。
もっと泣かせてやればいいのに
他の男のところになんて行かせるか。
を
追い詰めろ。
俺の中で不適な笑みを浮かべる人格。
アイツが仄めかす。
アイツも俺。
俺も俺。
こんなもやもやした気持ちを自分の中に収めて
を傷つけるくらいなら
いっその事、話してしまおうか。
全てに話してしまえば
俺もちょっとは救われるのかもしれない。
きっと…はたから見ればただの自己満に見えるんだろうな。
確かにこれを聞いたは
少なからずショックを受けるかもしれない。
でも今の俺に、これ以外の方法は考えられない。
本心は
これ以上を傷つけたくない。
でも…。
今はが
受け止めてくれるのを信じるしかない。
が『あの人』のところへ戻らない為にも
俺の中のアイツが
消え去ってくれる為にも。
「……、聞いてほしい事があるんだ。」
抱きしめていたの顔を上に向かせて
そっと頬を撫でた。
はまだ涙を浮かべながら
「いじわるな事なら…もう聞かない。」
と俺を睨んだ。
「いじわるじゃないよ…。
これからの俺達にとって、結構大事なことだから…。
聞いてくれる?」
「大事なこと…?」
「うん………。」
それから一瞬
俺との時間は止まった。
朝の日差しは眩しくて
目を伏せたくなるくらいなのに
小鳥の囀りが煩くて
耳を塞いでしまいたいのに
の瞳が俺を捕らえて放さない。
「和也…私のこと…好き?」
「…好きだよ。」
はそうやって
何かを確かめるように問いかけてきた。
俺はウソも迷いも無い気持ちを胸に
そう答えた。
「分かった…聞く。」
「ん…ありがとう。」
それから俺とは
俺のお気に入りの二人がけのソファーに腰掛けた。
俺はやっぱり
をあやすかのように
髪を撫でた。
愛おしさを現すかのように…。
がそこにいることを・・・・・確かめるように。
そして俺は話し始めた。
あの日俺に起きた
人生を変えてしまいそうになるほどの出来事を。
――――――――――――――――――――――――
その日の朝もいつも通りつまらない程の晴天で
世間もごく平凡に社会を成り立たせていた。
電線から見下してくる烏たちも
いつも通り訳の分からない鳴き声を発して俺の思考を狂わせる。
「あーもう…うるさい!」
ご機嫌斜めな和也くん。
実は
今日の俺の思考を狂わせる理由が
もう一つあるのだ。
それは
付き合って2年になる。
仕事のせいで壊れるのは絶対に避けたくて
毎日会って、毎日抱きしめて
毎日気持ちを確かめてるのに
最近の様子がおかしい。
用が済んだのかと思いきや
はそそくさと部屋を後にしてしまう。
まるで何事も無かったかのように。
そして
俺はその度に
全て消え去ったかのように思ってしまう。
まさに「発つ鳥跡を濁さず」ってやつ。
は俺になにも残さずに
いつもの挨拶で去ってしまう。
『じゃあまたね。』
唯一俺に残されたものは
寂しさと、胸騒ぎだけ。
"好き"だという証拠を
何一つ置いていってくれない。
会話をしていてふと笑いを零すを見ても
最近では
どこかぎこちなさを感じてしまう。
は本当は笑ってなんかない
そう思われてならない。
どうして急に?とかは
一応俺も20過ぎた男。
大体の予想はつく。
でも
2年間だけを想ってきたという理由から
それをたやすく受け止めることが出来ない。
を信じたい。
ピ〜ンポ〜ン…
そして俺が今日来てしまった場所
のアパート。
もちろん会いたくて会いに来たのだけど
電話も無しで急に来たというのは
やっぱり信じてない証拠なのだろうか……。
ガチャ…
ドアが開いた時のの表情は
俺が心のどこかで想像していた通りの表情で
悲しくて…正直辛かった。
「和也…?どうしたの急に…」
こそどうしたんだよその顔。
俺が会いに来たのに…嬉しくないの?
「に…会いに来たんだよ」
「電話くらい…してくれたら良かったのに…」
「…ゴメン…」
何言ってんの?。
電話が無きゃ会いに来ちゃダメなわけ?
電話した後に
何か対処しとかなきゃいけない事でもあるの?
ていうか一体何なんだ?
さっきから俺おかしい。
今のの一つ一つの言動を見る度に
俺の中の何かが唸りをあげている。
「入ってもいい?…風がビュービューで寒いのなんのって…」
俺がちょっとぎこちない顔で言うと
は更に焦り始めた。
「今日は…ダメなの…ゴメンね。」
「え…」
ちょっと待ってよ。
意味が分かんないんですけど。
「誰かいんの?」
俺がそう聞くと
がドアを狭めた。
俺は不思議に思って
視線をずらしてドアの隙間に目をやると
そこには
ゴツめのスニーカーが一足。
いつもなら俺が置いている位置に
図々しくも並べてあった。
え…マジですか…?
これが俺の最初の感想。
そしてそこから
俺の中の何かが壊れ始めた。
「彼氏が来てんの?」
「か…和也…。」
そう言うとは
急いで部屋の外に出て
ドアを閉めた。
「いいの?外に出たら彼、心配しちゃうよ。」
「和…聞いてほしいことがあるの。
お願い!聞いてくれる?」
「何?聞くよ。」
俺は至って冷静だった。
冷酷に
たんたんと色を出さずにに接した。
その一方で
目の前にいるの目は泳ぎきっていて
額にはうっすらと汗が滲んでいた。
「どうしたの?。
言いたかった事…忘れた?」
「和也…私…和也が好きだよ」
そう言っては
俺に強引にキスをした。
でも俺はもう何にも感じない。
『好きだよ』なんて言われても
からの
いつもなら嬉しくてたまらないキスも
もう全て
全てが偽造のように思われてならない。
今日、このアパートにに会いに来るまでは
を信じて
また前の二人に戻れると思っていたのに
俺のあの純粋だった気持ちは
どうしてくれるわけ?
バカみたいにのことを信じきっていた俺を
そんなキスで誤魔化すわけ?
そうしては唇を離して
俺の目を見た。
ここで和也くんクイズです。
この後は俺になんと言うでしょう。
1.『誤解しないで!あの人はお兄ちゃんなの!』
2.『友達の相談にのってただけ』
3.『好きな人が出来たの…。別れて…。』
正解は3に近い。
でも遠い、かなり微妙な回答。
そんな回答…受け止められない。
振るならきちんと振ってほしい。
もうあんたのところへは帰らない
和也はもう嫌いだと
嫌でもけじめがつくくらいの言葉を投げ付けて欲しい。
そんなんじゃ、諦めきれない。
ズルズルと
引きずってしまう事だろう。
が俺に最後に言った言葉。
それは
『じゃあまたね。』よりも辛い。
の本心だった。
『好きだけど……ごめんね……和也…。』
それからは部屋に戻って行った。
冬に近づく風に打ちひしがれながら
絶望に伏す俺を残して。
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第6話に続く。